東京地方裁判所 昭和63年(特わ)1918号 判決 1988年12月23日
本籍
東京都中央区銀座四丁目二番地五
住所
同都新宿区富久町三六番二〇号
会社役員
木村周正
昭和一七年三月六日生
右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官井上經敏、渡辺登出席の上審理し、次のとおり判決する。
主文
被告人を懲役一年六月及び罰金五〇〇〇万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金二〇万円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。
この裁判の確定した日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、パン製造販売等を目的とする株式会社木村屋総本店(以下「木村屋」という。)の代表取締役社長(昭和六〇年六月二六日以前は取締役副社長)などをしていたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、同社の不動産売買に関し、株式会社日昇ランド(昭和六一年六月三〇日以前の商号は株式会社日昇)から受領した紹介手数料を除外するなどの方法により所得を秘匿した上、
第一 昭和五九年分の実際総所得金額が八六四三万四六〇八円あった(別紙一の(1)修正損益計算書参照)のにかかわらず、同六〇年三月一五日、東京都新宿区三栄町二四番地所在の所轄四谷税務署において、同税務署長に対し、同五九年分の総所得金額が三六五九万七九六〇円で、これに対する所得税額が五二六万四一〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(昭和六三年押第一二四八号の1)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額三七一五万四九〇〇円と右申告税額との差額三一八九万八〇〇円(別紙一の(2)脱税額計算書参照)を免れ、
第二 同六〇年分の実際総所得金額が二億七七〇七万九五円あった(別紙二の(1)修正損益計算書参照)のにかかわらず、同六一年三月一三日、前記四谷税務署において、同税務署長に対し、同六〇年分の総所得金額が五一〇六万九五円で、これに対する所得税額が五三六万四一〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(同押号の2)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額一億六二〇〇万一六〇〇円と右申告税額との差額一億五六六三万七五〇〇円(別紙二の(2)脱税額計算書参照)を免れたものである。
(証拠の標目)
判示全部の事実につき
一 被告人の当公判廷における供述
一 被告人の検察官に対する供述調書
一 被告人の収税官吏に対する質問てん末書四通
一 被告人作成の申述書
一 阿部正之の検察官に対する供述調書謄本
一 阿部正之の収税官吏に対する質問てん末書謄本三通
一 収税官吏作成の検査てん末書及び領置てん末書
一 収税官吏作成の次の各調査書
1 紹介手数料調査書
2 謝礼金調査書
3 競走馬収入調査書
4 競走馬必要経費調査書
5 他の所得と損益通算できない所得調査書
一 東京法務局登記官作成の登記簿謄本三通
判示第一の事実につき
一 収税官吏作成の貸付金利息調査書
一 押収してある五九年分の所得税確定申告書等一袋(昭和六三年押第一二四八号の1)判示第二の事実につき
一 収税官吏作成の損益通算調査書
一 押収してある六〇年分の所得税確定申告書等一袋(昭和六三年押第一二四八号の2)
(法令の適用)
一 罰条
判示第一及び第二の各所為につき、いずれも所得税法二三八条一、二項
二 刑種の選択
いずれも懲役刑と罰金刑の併科
三 併合罪の処理
刑法四五条前段、懲役刑につき同法四七条本文、一〇条(犯情の重い判示第二の罪の刑に加重)、罰金刑につき同法四八条二項
四 労役場留置
刑法一八条
五 懲役刑の執行猶予
刑法二五条一項
(量刑の理由)
本件はパン製造販売等を目的とする木村屋の代表取締役などをしていた被告人が、木村屋の工場移転及び同工場跡地再利用計画に関連する土地の売買に関し、不動産業者から受領した紹介手数料を秘匿するなどの方法により、二年分の所得税合計一億八八五二万八三〇〇円を免れたというものであって、脱税額が高額であり、脱税率も九四・六六パーセントと高率である点で犯情悪質である。また、その手段、方法は巧妙かつ大胆であること、被告人は、木村屋の代表取締役などとして社員を指揮監督し、率先範を示すべき立場にありながら、右立場を利用し、実質的には同社が受けるべき利益を喪失させて利得したこと、被告人の本件犯行により、代々築き上げられた木村屋の社会的信用が著しく失墜されたこと、秘匿所得の使途も、債権、株式及び競争馬の購入のほか、海外でのギャンブル代等にあてられていたものであることなどを勘案すると、被告人の刑事責任は非常に重いといわなければならない。
しかしながら、被告人は、本件対象となった年度の本税、重加算税を納付したこと、本件を契機に木村屋及び関係会社の役員をはじめ、東京商工会議所議員等の公職を自ら辞任した上、本件が新聞等でも取り上げられるなど既に相当の社会的制裁を受けていること、被告人は本件犯行を深く反省し、今後は正しく申告納税する旨誓っていること、被告人には賭博罪により罰金に処せられたほかに前科前歴がないことなど、被告人に有利な事情も認められ、これらに被告人の経歴、年齢などをも総合勘案すると、被告人に対しては、直ちに実刑に処するよりは、今回に限り懲役刑の執行を猶予し、社会内において自力更生させるのが相当であると判断した次第である。
(求刑 懲役一年六月及び罰金六〇〇〇万円)
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 中村俊夫)
別紙一の(1) 修正損益計算書
木村周正
自 昭和59年1月1日
至 昭和59年12月31日
<省略>
別紙一の(2) 脱税額計算
昭和59年分 木村周正
<省略>
別紙二の(1) 修正損益計算書
木村周正
自 昭和60年1月1日
至 昭和60年12月31日
<省略>
別紙二の(2) 脱税額計算書
昭和60年分 木村周正
<省略>